富賀岡八幡宮

東京都江東区 富賀岡八幡宮

東京都 江東区

【富賀岡八幡宮】富岡八幡宮の元になった創建749年の歴史ある神社

2020年2月1日

江東区と言えば、東京十社の一社「富岡八幡宮」が有名ですが、御由緒を見ると富岡八幡宮の元となった八幡宮がこの富賀岡八幡宮。

創建は749年で1200年以上の歴史がある神社で、境内には本殿以外にも「浅間神社」や都内でも少ない「富士塚」などがあります。

富賀岡八幡宮とみがおかはちまんぐうとは

御祭神


譽田別命(ほむたわけのみこと(応神天皇)

・比売大神

宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ
ご利益:五穀豊穣・諸産業繁栄・諸芸上達

御朱印


なし

御由緒

当宮は深川富岡八幡宮の元宮として、また、砂村総鎮守として広く知られており、その創建は古く、藤原鎌足の孫、藤原豊成卿が下総守に任じられ下向きのみぎり、天平勝宝元年(七四九年)に創立された区内屈指の古社であります。

当宮と深川富岡八幡宮との関係は、この地が宝六島と呼ばれていた寛永初期、京より永代島に移り暫く当宮を拠点に活動していた長盛法師が、当宮に奉祭されていた「八幡像」を、深川八幡宮に移し、勧請したことによります。

この「八幡像」は、源三位頼政、千葉氏、足利尊氏、鎌倉公方基氏、管領上杉氏から太田道灌へと伝えられ、特に道灌より厚い崇敬を受けていたものであります。

享保年間には、境内に桜、松あわせて三万本が植えられ、八代将軍吉宗公お手植えの矢竹なども存在しておりました。

この風光明媚な様子は江戸名所図会や安藤広重の名所江戸百景にも描かれ、当地が江戸の景勝地であった事を窺い知る事ができます。

現在も境内には都内でも数少ない石造りの富士塚や芭蕉句碑、鳳卵石などが残されています。

また、この地の由来は、万治二年に開拓者である福井鯖江の砂村新左衛門により新田開発が完成し、砂村新田と名付けられ砂村の地名が生まれました。

※富賀岡八幡宮御由緒より




富賀岡八幡宮とみがおかはちまんぐうまでの道のり

富賀岡八幡宮 道のり

七社神社は東京メトロ 南北線「西ヶ原」駅 2番出口より徒歩2分と駅からかなり近いです。

JR京浜東北線「上中里」駅と「王子」駅の真ん中くらいに場所にありますが、それでも徒歩で約10分くらいで行くことができます。

 

富賀岡八幡宮とみがおかはちまんぐうの境内

富賀岡八幡宮 入り口

こちらが富賀岡八幡宮の入り口。

参拝した日は2月1日で、ちょうど節分祭の時期ですね。

 

富賀岡八幡宮 御由緒

入り口の左側に由緒の案内がありますが、経年劣化で文字がボヤボヤしてます( ̄▽ ̄;)

でも、安心してください!

鳥居手前に、ちゃんと御由緒がありますので。

 

富賀岡八幡宮 入り口石碑

富賀岡八幡宮の石碑。

 

富賀岡八幡宮 御由緒

境内にある富賀岡八幡宮の御由緒。

創建は天平勝宝元年(七四九年)で1200年以上の歴史がある区内屈指の古社です!

 

この写真では読めないと思いますが、この記事の最初の御由緒部分に書き起こしてますので、そちらを参照してください(^ ^)

 

富賀岡八幡宮 鳥居

御由緒の先にあるのが、富賀岡八幡宮の鳥居。

 

富賀岡八幡宮 手水舎

富賀岡八幡宮の手水舎。

 

富賀岡八幡宮 狛犬

手水舎の手前に狛犬たち。

ここは足元に何もないですね。

 

富賀岡八幡宮

こちらが富賀岡八幡宮の拝殿。

階段を上がって右側が社務所になっています。

 

富賀岡八幡宮 神楽殿

拝殿左側にある神楽殿。

 

富賀岡八幡宮 神輿庫

神楽殿の右側には神輿庫。

 

富賀岡八幡宮 御神輿

細かい装飾がたくさん!

各神社で御神輿を見れるわけではありませんが、やっぱりその地域・神社で造りは違いますよね。

 

富賀岡八幡宮 獅子舞

御神輿の横には、獅子舞(?)があります。

手が写ってますが、これ私の手です(笑)

 

富賀岡八幡宮 浅間神社と富士塚

さらに奥に進むと「浅間神社」と「富士塚」が見えてきます。

浅間神社

富賀岡八幡宮 浅間神社鳥居

浅間神社の鳥居。

 

富賀岡八幡宮 浅間神社

こちらが浅間神社のお宮。

富士塚

富賀岡八幡宮 富士塚

富士塚がありますが、登らないようにと注意書があります。

ちょっと登ってみたかったですね。。。

 

富賀岡八幡宮 砂町と富士塚

富士塚の手前には「砂町の富士塚」の案内があります。

砂町の富士塚

富賀岡八幡宮の富士塚は、江戸時代末の天保四年(一八三三)までに、富士講のひとつ山吉講によって作られた富士塚です。

江戸時代後半に爆発的に広まり、「江戸八百八講」と称された富士講は、信仰の対象であった富士山のうつしを住居の近くに築きました。

富士塚に登ることによって、本山に登山するのと同じ功徳が得られるものと考えたのです。

砂町の富士塚には頂上に向かう登山口として、正面(西)に吉田口を、背面(東)に大宮口を、右側面(北)に須走口を作っています。

現在では途中までしか行けませんが、中腹を真横に周回できるように中道巡りの道が作られています。

右(北)には宝永山を表す小さい高まりを作り、塚の左裾には胎内と呼ぶ横穴を作っています。

頂上に登り、富士山の法学を拝すると浅間獄大日如来日と対面するようになっています。

塚はもともと30mほど北にありました。

当初は土山だったようですが、昭和八年(一九三三)水害のため形が崩れたので、表面を溶岩(伊豆黒ボク石)で固め、昭和三七年(一九六二)現在地に移築されました。

塚に付随している数多くの富士講碑により、現代まで続く富士講の活発な活動をうかがうことができます。

※江東区教育委員会より

 

 

富賀岡八幡宮 八幡人道

境内にはこちらも祀られています。

 

富賀岡八幡宮とみがおかはちまんぐう後記

創建が天平勝宝元年(七四九年)と言うことで「区内でも屈指の古社」とありますが、1200年以上は赤坂にある氷川神社でも1000年以上ですから都内でもそうとうな古社。

富岡八幡宮の元になったこと、名所江戸百景にも描かれたことなど御由緒を読むだけでも教えていただける事がたくさんあります。

それを元に、さらに個人で調べていくのも楽しいですね!

そう言えば、この富賀岡八幡宮は東京神社庁に載っている神社ですが、社務所に窓に「御朱印は受付しておりません」とありいただけませんでした。

何かトラブルがあったのかはわかりませんが、歴史ある神社の御朱印がいただけないのは、ちょっと残念ですね。。。

神社のため、地域のために、これからも巡っていきます٩( 'ω' )و




富賀岡八幡宮とみがおかはちまんぐうの詳細

創建年 749年
御祭神 譽田別命(ほむたわけのみこと(応神天皇)
・比売大神
宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ
主な祭事 8月20日:例祭
御利益 五穀豊穣・諸産業繁栄・諸芸上達

住所: 136-0076 東京都江東区南砂7-14-18

交通:
・東京メトロ東西線「南砂駅」(東口) 徒歩10分
・都バス(亀21)「元八幡前」 徒歩1分

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